大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和36年(ワ)31号 判決

原告 安岡秀視

被告 国

主文

原告の第一次並びに第二次請求を棄却する。

被告は原告に対し六五万円及びこれに対する昭和三六年二月一四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、争のない事実

別紙目録記載の本件船舶が元訴外柴原登波の所有であつたこと、訴外辻本安太郎は免許なく、沖繩と密貿易をしようと企て、右登波から該船舶を傭船し、昭和二六年六月二〇日準備にとりかかり、完了したが、同年七月五日検挙され、右辻本は関税法違反として同年同月二六日津地方裁判所伊勢支部に起訴され、翌昭和二七年三月一八日懲役一年六月及び罰金五万円、船舶、積荷は没収する旨の判決を受け、名古屋高等裁判所に控訴の結果、昭和二八年五月二七日原判決を破棄し、積荷の没収につき、一部変更の判決がなされたこと、右辻本はさらに上告し、昭和三三年四月一日最高裁判所において、原判決を破棄し、名古屋高等裁判所に差戻す旨の判決があつたこと、差戻後名古屋高等裁判所において同年七月三一日、他の共同被告人たりし者につき同年一〇月一四日それぞれ判決があり、右判決において本件船舶の没収はなされず、該判決は確定したこと、本件船舶については、昭和二六年七月二〇日津地方検察庁宇治山田支部検察官がこれを押収したこと、昭和二八年一一月二五日換価処分がなされ、代金三五万円で売却されたこと。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二、換価処分による被告の賠償責任の有無

原告は本件船舶は旧関税法第八三条によつては没収し得ないものであるから、刑事訴訟法第一二二条第二二二条により換価処分をした被告公務員たる担当検察官の行為は違法であり被告に損害賠償責任があると主張する。

刑事訴訟法第二二二条により準用される同法第一二二条によれば、同条による押収物の売却は、押収物にして没収することができる物に限られることが明らかである。本件船舶は前記のように一旦没収の言渡を受けたが、最高裁判所において破棄され、差戻後の確定判決において本件船舶は所有者において犯行の用に供せれらることを知らなかつたとして没収の言渡を受けなかつたことは当事者間に争いのないところであるから惹いて右換価処分は没収すべからざるものに付てなした違法の処分であると一応いうことができる。しかして公務員が公権力の行使に当り違法に他人に損害を加えた場合、国に損害賠償義務ありというがためには当該公務員に故意又は過失の存することが必要である。旧関税法第八三条(昭和二九年法律第六一号による改正前のもの)第一項は「第七四条第七五条又は第七六条の犯罪にかかる貨物又は其の犯罪の用に供したる船舶にして犯人の所有又は占有にかかるものはこれを没収す」と規定し、本件検察官の売却処分時たる昭和二八年一一月当時にいたるまでは該条文の文理に従い、犯罪に供用された船舶で、犯人の占有に係るものであるときは所有者の善意悪意を問わず、これを没収し得るとの解釈が行われ、ただ他の法律による同様の規定について、犯人の占有が所有者の意思に基づかない場合は没収し得ないとする判例があつたにすぎない。その後本件船舶の売却処分以後において、所有者がその事情を知らず、かつその知らないことにつき過失がなかつたときは没収し得ないとするごとき下級審の判決が見られるにいたつた。その後、昭和二九年法律第六一号による関税法の改正により旧第八三条は第一一八条に改められ、所有者の知情を没収の要件とするものとせられた。これに次いで最高裁判所は昭和三二年一一月二七日の大法廷判決において旧第八三条の適用につき所有者の善意悪意を区別し、所有者が悪意にして犯罪の行われたときから引きつづき該船舶を所有していた場合に限り没収し得るものとしたものである。以上の経緯は当裁判所に顕著なところである。

以上の経過に徴しても本件売却処分当時は、右法条に基づく没収については所有者の善意悪意を区別しない見解が実務上一般に行われていたことは推知するに難なく、この点は旧関税法第八三条の文理上からは勿論、第三者所有物没収の規定を設けた趣旨からも、かく解すべき相当の根拠があつたわけである。しかも前記最高裁判所判決自体さらに後に変更をみたように占有没収の規定は解釈上困難な問題を含んでいるところであつて、右大法廷判決も一見して明白な結論を宣明したものとは言い得ない。かように解釈上困難な問題を含んでいる法規について検察官が一定の解釈に立ち、而かも当時の実務上一般化されていた取扱に従つて事務を処理したような場合には、後の判決により、違法の判断を下される結果となつたとしても、これを以て直ちにさきの検察官の判断を捉えて過失ありとするのは当を得ない。

そうすると、本件検察官の売却処分を違法として被告の損害賠償責任を云々する原告の主張はこの点において理由がない。

三、以上のように本件船舶が没収し得るものなりや否やは当時において困難な問題であり、前記のように検察官が本件船舶を没収し得るものと判断したことに明白な瑕疵ありとはいい得ない。従つて売却処分の無効を前提とする原告の請求も爾余の点を判断するまでもなく理由がない。

四、本件船舶の保管義務違背に因る被告の賠償責任について

本件船舶は前記のように昭和二六年七月二〇日津地方検察庁宇治山田支部検察官により押収されたものであるところ、およそ検察官等捜査機関による押収は、犯罪捜査について必要があるとき、証拠物又は没収すべき物についてその占有を取得継続するための行為であつて、占有の取得に当り強制力を伴わない領置と然らざる差押たるとを問わず、一旦占有が取得された以上、強制的に押収目的のためその占有が継続せられ、そのため私人の当該物件に対する使用収益権の行使は制限されるに至る。しかし右制限は犯罪捜査の必要上やむを得ざる強制力の行使によるものであり、これによる私人の権利の制限も右目的による最少限度の制限に止められなければならないことは言うまでもないところである。

従つて押収物件を減失し、又はこれを毀損することは、本来の押収目的の遂行を阻害するのみでなく地面いわれなく私人の権利をも侵害するものであるから担当検察官は、押収物件の保官に当つては職務上十分な注意を払うべきことは押収に伴う当然の義務というに妨げなく、刑事訴訟法第一二一条第二二二条、刑事訴訟規則第九八条によつてもこの趣旨は明らかである。しかしてこのことは当該押収物件が没収すべき物と思料される物である場合においても同様である。けだし確定判決により当該押収物が没収されるまではあくまで「没収」は見込にすぎないからである。

そこで本件について考えて見るに、成立に争いのない乙第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一、二、第一二号証の一ないし三、第一三号証の三、四、第一七号証、第一八号証の一、証人井上茂の証言により成立の認められる甲第一号証の一、二、同証人並びに証人森文作の証言により成立の認められる甲第二六号証、証人辻本安太郎の証言により成立の認められる甲第二、三号証、第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし六、第六ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし七、第二一号証の一、二、第二二、三号証、第二四号証の一、二、第二五号証の一ないし六、に上記各証人、証人田岡兼生、池口金之助、柴原多賀夫、柴原登波、田中文次郎、森文作、藤原久次郎、井上茂、坂本忠喜、蛭子克巳、辻本安太郎の各証言、検証の結果を綜合すれば以下の事実が認められる。即ち本件船舶は訴外柴原登波が、昭和二五、六年頃、他から代金一〇〇万円程度で買い入れ、鹿児島、津島方面から真珠母貝の運搬に使用するため、浜島造船所等で相当の費用を投じ改造修理を加え、その後訴外辻本安太郎に賃貸し、同人は前記のように密貿易の目的でさらに修理を加えたこと、その後本件船舶は昭和二六年七月二〇日検察官の押収を受け(この点は争がない)、三重県志摩郡浜島町海岸に繋留されていたこと、元来かような船舶は海上に繋留したまま手入れをしないときは半年ないしは一年半位で荒廃し使用不能になるので、繋留中は毎日潮水で洗い、数ヶ月に一度は陸揚上架して手入れを旋すことが必要であること、右浜島町海岸の繋留場所は入江で虫が付着し易い場所であるのに本件船舶は押収後同所に繋留されたまま、検察官は付近の中川某に見張りを依頼した程度で放置していたこと、訴外柴原多賀夫等が船舶の荒廃をおそれて検察官に申し出て、昭和二七年八月頃には浜島町英虞湾造船所に上架手入れをしたり、排水作業等をしたりしたことがある程度で十分な手入れはなされなかつたこと、そのため既に昭和二八年一月頃には船体の荒廃は甚しい状態になつていたこと、かような状態で昭和二七年一二月二二日名古屋高等検察庁検察官は本件船舶について押収物売却処分の決定をし、結局昭和二八年一一月二五日売却されたが(決定、売却の点は争いがない。)この間さらに朽廃の度を増し、結局右売却代金は三五万円であつたこと、もし相当の保管方法を構じていれば売却当時において少くとも一〇〇万円を下らない価格を有していたものであること、の各事実が認められる。尤も成立に争いのない乙第九号証の一、三、第一〇号証の三、同第一八号証の一によれば本件船舶は訴外登波に仮還付されていた如き趣旨の記載があるが、上記乙号証の記載のみから仮還付が行われた事実を確認し難く、又証人池口金之助のこの点に関する証言部分も仮還付のあつた事実を肯認する資料とするに足らない。又成立に争いのない乙第一七号証、証人池口金之助、山本弘幸の証言によれば昭和二八年九月二五日伊勢湾方面に襲来した一三号台風により本件船舶も浸水の度を増したものと認められるが、本件船舶の損傷朽廃による価格の低下は右台風によるものと認めるに足る証拠はなく、かえつて証人藤原久次郎の証言に照らしても専ら本件船舶の保管に注意を欠き、前記一時の陸揚を除き海岸に繋留放置していたことに因るものと認められる。右認定に低触する乙第六号証の記載証人池口金之助、田岡兼生の供述部分は採用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

そうすると、本件船舶は保管につき十分に注意し、適切な措置を講じていたとすれば、少くとも一〇〇万円相当にて売却し得べかりしところ、その注意を欠いたため朽廃等による価格低下により三五万円に売却されたものであるから、その差額六五万円は、訴外登波において蒙つた損害であるというべく、右は被告の公務員である前記津地方検察庁宇治山田支部検察官の公権力の行使に該る右押収船舶の保管について少くとも過失により右訴外人に蒙らしめたものであるから被告においてこれが損害を賠償すべき義務がある。

五、被告の時効の抗弁について

被告はおそくとも昭和二八年一〇月二二日には訴外柴原登波は本件船舶の破損の事実を知つていたから、爾後三年を経過した昭和三一年一〇月二一日限り時効により右賠償債務は消滅したと主張する。成立に争いのない乙第一八号証の一、証人柴原登波の証言によれば所有者であつた柴原登波は押収された本件船舶が管理不十分のため漸次破損し価格の下落を来していることを前記昭和二八年一〇月二二日頃には知了していたことが窺われる。しかして民法第七二四条によれば、不法行為における損害賠償請求権の消滅時効は被害者又は其の法定代理人が損害及び加害者を知つた時から三年間の時効期間に服す旨規定し、国家賠償法第四条により前記民法の規定が適用されるところ、右法条の損害及び加害者を知つたときとは、被害者が不法行為なること知つたことを要するものと解すべきである。しかして本件のように押収物件の保管方法が公務員による不法行為なりとせられる場合にあつて、しかも前記のように没収すべき物として押収されているような場合は、没収の言渡のないことの確定したときでなければ不法行為の成否は終局的には確定せず、それまでは不法行為なりや否やは未定であるから、押収物の管理不十分による破損の事実を知つたとしても直ちに不法行為なることを知つたものとは言い難い。従つてかかる場合の損害賠償請求権の消滅時効は押収のまま没収の言渡のないことの裁判上確定したときは、このことを知つたときより進行を始めるものと解するのが相当である。そうすると本件で没収の言渡のないことの確定した名古屋高等裁判所の判決の言渡があつたのは昭和三三年一〇月一四日であることは当事者間に争いのないところであり、少くとも右の日から三年以内である昭和三六年一月三一日本訴が提起されたことは記録上明らかであるから、被告の時効の抗弁は理由がない。

六、原告の債権の譲受

成立に争いのない甲第二八号証の一、二、証人柴原登波の証言、原告本人の供述によれば、原告は昭和三三年九月二〇日訴外柴原登波から本件船舶について同訴外人が被告に対して有する本件船舶に関する一切の債権の譲渡を受けたことが認められ、その後その旨の譲渡通知が被告に到達したことは被告の認めるところである。

七、結論

さすれば被告は原告に対し前記六五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日なること記録上明らかな昭和三六年二月一四日以降完済まで年五分の割合による損害金の支払義務があることが明らかであるから原告の第三次的請求は正当としてこれを認容すべきも第一次並びに第二次的請求は失当としてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、なお仮執行の宣言はこれを付さないのを相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎)

目録(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例